ZoaZoa日記

気の向くままに書き散らしてゆきます。皆さまの考えるヒントになればと思います。

生命科学と水素水

 何をやっていても、自分が関わっている事が世の中の中心になってしまうのは当然のことである。日常でいつもその事を考えているから、その事を通した世界を見ている。人間というのは、一回きりの人生しか歩めない訳だから、途中、多少の修正は入ったとしても、その人なりの視点でしかこの世界を捉える事はできないとも言える。何かを研究している人々は、自分の研究テーマを軸に物事を深く考察するために、特にその傾向は強い。大抵は、自分の研究テーマに意義があるから研究をしている訳で、自分のテーマがこの世界の中でたいした意義がないのであれば、研究のやり甲斐もないであろう。

 しかし、生物という極めて多面的な存在を研究対象にした場合、一人の人間が生物全体を完璧にすべてを把握理解することは困難である。というか不可能。となると、人間も含めた生物を研究する人は、生物のごくごく一部分を研究しているに過ぎなくなる。生物を理解するために、何がどれだけ重要かというのは、現時点では(そして、たぶん将来も)何とも言えず、誰も本当の答えは知らないはずである。しかし、それでは寂しいので、「自分のやっている事は生物を理解するうえで極めて重要な部分を担っている」と思えた方が精神衛生上好ましい。と言う事で、生物を研究する人の論文やレポートは「~は、生命を維持する上で極めて重要である」「~は~のために重要な役割を担っている」と言う風な文言はだいたい入っている。まあ、嘘ではないが、がっちりどこから見ても真実であるかと言えば、それも断言はできない。研究の進展によって、その重要度はそれなりに変わってくる。つまり、正しく「重要度」を判定できる人は未来にもたぶん現れないであろう。

 

 「水素分子が体内でなんらかの生理作用を及ぼす」というのは、現時点では生化学の教科書には載ってないし、その特性を応用した医薬品もまだ公的には認可されていない。しかしながら、「水素分子にはなんらかの作用がある」と考えて今現在、研究を行っている人々は「水素分子の有用性」をほぼ確信して、様々なやり方でその有用性を証明しようと精進しているであろう。今、巷で話題の「水素水」については、他の似非科学と違って、水素分子の効果を「示唆する」論文がまっとうなジャーナルにおいて、すでに多数出ている。ま、論文が出ているから間違いないと言う事では全くなくて、他の似非科学よりはマシと言う事である。それに水素水の難しいところは、ビタミンなどと違って、水素分子が作用する際の身体条件及び摂取条件が極めて流動的なので、なかなかカッチリしたデータを出すのは難しいように感じる所である。しかし、そんな事を言っていたら進歩はないので、コツコツと臨床データを積み上げてゆくほかなかろう。

 

 物理・化学系の人は、この「水素水」の生理的な効果について否定的にとらえている場合が多い。「水素ガスの水への溶解度から考えて、到底効果を示すとは思えない」というのが主な根拠のようである。物理・化学系の人の発想の根幹には、やはりラボアジェから続く「量的な関係」があるから、「そもそもの水素分子が微量では体内で反応する量もたかが知れるから、生理作用も期待できない」ということなのだろう。さらには特定の活性酸素種だけと反応するのも疑問を呈している。いろいろ言いたい気持ちはよくわかる。

 生物系の人からは、「腸内細菌がそれなりの量、水素を生産していて、それが体内にも吸収されているから、新たに外から水素を取り入れる意味はない」という異議も出てくる。これも、水素水など飲まなくても、実際に呼気に水素が含まれる場合もあるからもっともな説明である。水素水を飲まないのに、なぜ呼気から水素分子が出てくるかと言えば、現時点では「腸内細菌が生産したから」としか説明のしようがない。

 

 水素水を販売する素人さんではなくて、実際の水素分子の生体への影響を研究している人はこういった矛盾点をどう考えているのか。ここ数年の文献(やたらに日本人が多いが)のデータを信用するならば、「水素分子は何らかの情報分子として機能していて、最もよく効果を示す濃度があり、そこを超えると機能しなくなる」というような事になっているらしい。個人的には、「情報分子としての水素」ならば納得のできることが多い。ただし、現状では、水素分子のレセプターは何か、具体的にどのような情報伝達が行われるのかは全くわかっていないので、相当にアバウトな仮説であり、まだまだ研究の蓄積が少なすぎる。

 しかし、過去には、一酸化窒素(NO)のような例もある。一酸化窒素は本来有毒ガスなのだが、ある濃度において様々な生理作用をコントロールする情報分子として機能する。当然、初めの頃は「そんな有毒ガスがなぜ?」という見方が大半であったろう。しかしながら、研究の進展によって無視できない因子として認識されるようになり、ノーベル賞の対象にもなった。生物系の研究では、思いもよらない事がしばしば発見されるのであるが、発見された後でも「なんで、こうなんだろう?意味わかんね」「そうなっているから、そういうもんなんだろう」としか言いようのない事が多々ある。物理や化学のように、「根本原理からは外れず、その延長に新知見がある」と言う風には必ずしもならないのが生物系の研究の難しいところだ。そして、物理化学系の人々がかなり強硬に水素水を否定しているのを見ると、こういった生物特有のシステムについての感覚が希薄な場合も多いのかもしれない。

 

 ただ、個人的には、「水素分子が本当に情報分子として機能するなら、体内に水素分子を合成する系がないのか?」という疑問が生じる。でないと、微妙な生理機能をコントロールする際、腸内細菌の状況に依存することになり、それでは不安定でしょうがない。言うまでもなく、水素水を飲むと言うのはあくまでオプションであって、情報分子であるなら元々、体内で水素分子濃度が状況に応じてコントロールされていなければならないだろう。一酸化窒素以外でも、硫化水素(HS)なども有毒ガスではあるものの、重要な情報分子として機能しており、各組織で合成される。と同時に、腸内細菌も硫化水素を生産する。そのような気体分子がある以上、「水素分子がなんらかの機能を持っている」と言われて「そんな事は絶対にありえない」とは私は断言できない。ただ、その作用は一酸化窒素や硫化水素に比べると穏やかであるように感じる。すなわち、域値を超えると作用しないというのは、過剰にあっても無毒なガスと言う事なのである。一酸化窒素や硫化水素が過剰に体内にあれば、明確な副作用が発生する。

 

 ともあれ、現在は、水素水を「カラダにいい!」と信じ切って常飲する人もいれば(たぶん、こちらが多数派であろう)、「水素水は完全なインチキだからあこぎな商売をするな」と訴える人(こちらは少数派)、両方いる。ハッキリ言って、現状の研究段階でここまで商売を拡大するのは「見切り発車」のような気もするし、効能をはっきり打ち出すのもかなり問題がある。御多分にもれず、詐欺商品も後を絶たない。私としては、現状の価格で水素水を購入する気には全くなれないし、人に勧めるつもりもなければ、「インチキだから絶対に買うな」とも言う気もない。それよりも、水素分子が実際に体内でどのような作用を引きおこしているのかの方が私にとっては重要である。世間の雑音に惑わされずに、粛々と研究を進めてほしい。