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ZoaZoa日記

気の向くままに書き散らしてゆきます。皆さまの考えるヒントになればと思います。

シンゴジラの生物学

 現代文の大学入試などで、存命の作家の作品が使われる事がある。当然、入試後に原作者に著作使用の報告がいくのだが、その答えを見て原作者が「ええ?その解釈は違うんだけどなあ」とこぼす事はよくあるらしい。問題作成者としては、入試の前に「この解釈でよろしいですかねえ」と原作者に尋ねる訳にはいかないだろうから、なかなか難しい所である。というか様々な解釈できる作品の方がやはり名作は多いのであって、出題者を責める気にはなれない。あえて言えば、何とでもとれる中で正答をあえて考える受験生がちょっと気の毒に思うくらいである。

 

 なんでこのような事を書いているかと言うと、庵野秀明監督・樋口真嗣特撮監督のシン・ゴジラが滅法面白かったからである。はっきりいって日本映画史に残る大傑作となるだろう。とにかく、映像的にも言語的にも単位時間当たりの情報量が桁違いに多い。かといって、ある程度、情報をカットしても充分に楽しめるように構成されている。つまり、見る人にどのような視点・背景があるかによって、様々な解釈が成り立つ作品である。御親切に劇中でも「私は好きにした君も好きにしろ」という意味深な台詞を幾度か登場させ、観客を挑発しているので、公開後数日でネタばれを控えたうえでも相当な数の感想・解釈がネット上に溢れかえった。そして、時間が経つにつれ、徐々にネタばれを含んださらに膨大な感想・批評・解釈が出てきて、読むと本当に様々な視点があって、それぞれに一理あるので、読んでいるだけで楽しい。

 そこには演出や映像などの映画論もあれば、政治学や防災もしくは震災・原発についての社会学の視点もあり、さらには監督自身の内面をさぐる人もいる。つまりは非常に重層的な作品故に、いくらでも議論できる訳で、私個人も多方面にわたって書きたい事は山ほどある。が、あえて生物としてのゴジラに限定して書きてゆきたい。監督の意図がどこにあったにせよ、ここからさきは私なりに考えた生物としてのゴジラである。

 なお、ネタばれが含まれているので、まだ見てない人はなるべく読まない方がよいだろう。映画館で見た後に参考にしていただければ幸いである。また、私自身も映画館で見た曖昧な記憶を頼りに書いているので不正確な部分があるのは御了承願いたい。

 

 

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ゴジラの生物学といっても、既に「ゴジラ生物学序説」という名著があるので、今更な気もするが、ただ今回のシン・ゴジラでは、様々な生物学的ヒントが映画の中で何気なく盛り込まれているので、架空のトンデモ生物としても考察するのが楽しい存在になっている。もちろん、架空の生物についてあれこれ考えても、フィクションはフィクションであるから無理があるし、何かの役に立つものでもない。ただ面白いから考えるのである。

 

 

ゴジラ生物学序説 (扶桑社文庫)

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新 ゴジラ生物学序説―骨粗しょう症の可能性からウイルス進化論まで

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 今回のシン・ゴジラにおけるゴジラには次のような特徴がある。

 

1.核エネルギーで活動している

2.極めて短時間に四段階の急速な変態(進化)を起こす。

3.人類がまだ発見してない新元素を体内で生成できる。

4.体内で発生した熱は血液循環によって放熱している。

5.外皮は極めて堅牢で自衛隊の火器はほとんど役に立たない。

6.ヒトの8倍以上の遺伝子を持っている。

7.背中、尾の先端と口らしき部分から超高温の熱線を出す。

8.後天的に周囲の飛行物体の存在を視覚以外でも捕捉する事ができるようになる。

9.無性生殖的に個体を増やすシステムがある。

10.極限微生物との共生で核融合核分裂を制御している。

11.既存の血液凝固剤によってゴジラの血液は凝固できる。

 

 これまでのゴジラと共通しているのは「核エネルギーで活動をしている」くらいである。

はっきりいって、1、3、7、10と4、6、11とは両立しない。いくか極限微生物と言っても、核分裂核融合の起こる温度で安定した構造を維持するのは困難であるし、ましてや既存の血液凝固剤はタンパク質との相互作用によって凝固するので、耐熱性のタンパク質を想定しても、もって数百度までである。そして、遺伝子がDNAもしくはRNAどちらでも、二重らせんの構造はとってないだろうし、体内の推定温度からしてタンパク質と同じく遺伝子として機能する形を維持できるとは思えない。つまり、劇中での御用学者が言っていたように「想定外の生物で何とも言えない」と言う事になる。しかし、それでは話は進まない。専門用語を勢いよく連射し、痺れる巨災対のテーマ音楽にのって「なぜ超高温と通常の生体反応の両立するのか」と言う疑問はなかったことにして、最後まで突っ走るしかないのである。

 

 と言う事で、全体としてみればゴジラは矛盾を抱えている存在なのだが、別個の事については結構、劇中で語られているので、そこだけに注目して考えられることを記す。以下、当然の事ながら多少の科学的見地を含めた私の妄想である。

 

<核エネルギーを使う存在としてのゴジラ

 まず体内で既存の元素を組み合わせて新元素を生成できるので、体内のどこかに核融合炉のようなあるいは微小な加速器のような構造があるはずである。それは極限微生物の作る特別な膜構造の集合体が局所的に超高磁場を作り、その中で生成していると思われる。無論、その詳細は不明。新元素が生じる場は非常に高温かつ高圧になっているだろう。そして、新元素と言う以上、ゴジラがまき散らした放射性物質は、原子番号119番ウンウンエンニウムから始まる第8周期以降の元素と言う事になる。119番以降は理論的には中性子の数から比較的崩壊寿命の長い「安定の島」の元素が存在すると予想されている。劇中で最後に半減期が20日程度と言う事が判明するので、おそらくはその「安定の島」の元素ということになるだろう。どちらにせよ、人工合成元素かつおそらくは金属元素である事には変わりない。

 新元素は当然の事ながら、どのような性質を持っているのかは全くの未知数である。少なくとも、ここまで原子番号が大きくなると、既存の元素の常識は当てはまらないかもしれない事は容易に想像が付く。自衛隊の火器では全く歯が立たない装甲も、この新元素の大きな特徴なのかもしれない。

 

元素111の新知識 第2版増補版 (ブルーバックス)

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元素はどうしてできたのか (PHPサイエンス・ワールド新書)

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 また、急激な多段階にわたる変態(進化)も、一般的な生物の持つ骨格構造や筋肉構造では説明が付かないので、元素変換を連鎖的に行って身体構造を元素レベルで再構築させている事が考えられる。当然、大量の熱が発生するので、海中では周囲の海水は沸騰し、陸上では廃熱及び形態形成の余剰部分を排除するために血液らしきものをエラ状の孔から排出する。また、血液循環の放熱効率を上げるために背中に突起を発達させる形態的工夫も観察される。しかし、第三形態となれば、さらに元素変換は激しく進み、かつ体積に対する表面積の比が小さくなるので、陸上に居続けると体内が高温になりすぎると思われる。よって、冷却のため再び海中に戻る他なくなる。

 

 なお、文科省の安田が「破壊の規模から考えて通常のエネルギー源で活動しているとは思えない」と言う風な疑問を呈し、環境省の尾頭が「核エネルギーでは」となるシーンがあるが、怪獣映画でこういった純粋なエネルギー問題を語ったのはたぶん初めてなので、非常に感動した。徘徊した後の破壊状況を「地表に震源のあるマグニチュード5程度の地震」と同程度と大雑把に概算すると一回目の上陸でゴジラが放出したエネルギーは2×1012J程度と思われる。

 一般的な生命のエネルギー源はATPである。そして、1モル(507g)のATPからが最大限エネルギーを引き出した場合約3×104Jのエネルギーが放出される。つまりゴジラがATPをエネルギー源として活動していた場合、7×107モル(約35490トン)のATPを消費したことになる。通常の生物では体重当たりのATPの質量は数%以下である。もちろん、分解再生が繰り返されるので、活動時間に比例して消費ATP量は増えてゆく。しかし、第二形態・第三形態のゴジラの身体の推定重量と陸上での推定活動時間からしてATPが35490トンというのは生物学的に利用不可能な量であり、ゴジラがATPをエネルギー源として活動していたと考えるのは、安田が言うように確かに難しい。

 

 

 第四形態ではエネルギー放出の形態が三種類となる。まず一つは体内で生成した元素を比較的低温のまま微粒子(煙)として口腔状の開口部から放出。そして、続いて色温度から推測してだいたい4000K(約3800℃)の火炎として放出。これはおそらくは微粒子自体の発熱による発光であろう。そして、色温度から推測して20000K(約19800℃)以上のビームのような熱線が開口部だけでなく、背中の突起や尾から照射される。

 これは核融合反応を進めるために体内で発生させていたプラズマを一気に放出させた結果であろう。仮に20000K程度としたが、もっと高温かもしれない。

 自己防衛のためのエネルギーを放出しきれば、生命活動を維持する核エネルギーも枯渇するので、再びじっくりとミクロなレベルから周囲の既存の元素を素材として新元素を生成してゆくほかない。その過程は一見すると活動を停止したゴジラということになる。無論、充分な新元素および核エネルギーが蓄積すれば再び活動を始める。

 

 

プラズマ物理・核融合

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トコトンやさしい核融合エネルギーの本 (B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ)

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 ゴジラは最初に記したように、大気や海水中の元素を材料として新たな元素を体内で生成できるので、通常の動物のように外部から有機物を摂取する必要はない。よって、牙のある口のように見える開口部は、いわゆる食べるための口腔ではなくエネルギー放出のための放出口と考えるのが妥当であろう。よって、「血液凝固剤を口から入れても吐き出すのでは」という多くの人が抱く疑念も、あそこが体内環境につながっている唯一の開口部と考えれば、血液凝固剤を投入するのはあの穴しかないだろう。言うまでもなく、外皮は様々な火器が貫通しないほどの硬度なので注射という選択肢は始めからないと思われる。

 

 

<生物としてのゴジラ

 核エネルギーを利用すると言う時点で、既存の生物学の常識は通用しないのであるが、そこは無視して、ここでは劇中でかわされた生物学的な言及について考えたい。

 まず、遺伝子が人の八倍以上あるという話だが、仮に遺伝子が核酸の形であるなら、たしかに地球上で最も進化した存在と言えるかもしれない。ネット上では、「人よりも遺伝子が多い生物などいくらでもいる」と言っている人もいるが、おそらくはそれは遺伝子ではなくてゲノムと勘違いしているものと思われる。ゲノムで見ればヒトよりも多くのゲノムを持った生物は珍しくない。しかし、遺伝子となると話は別である。実際に発現し機能を発揮するタンパク質をコードしているのが「遺伝子」であり、その遺伝子が人の十倍以上あるということは、人よりも十倍以上も機能を持ったタンパク質をゴジラが有しているということである。それはより多様な環境に適応できる可能性を持つということでもある。もちろん、タンパク質の種類が多ければいいというものでもないが、単純に考えて生体内に持っている分子がより多機能な方が、様々な状況に対応できうるだろう。

 

ゲノムが語る生命像 (ブルーバックス)

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 例えば、周囲の飛行物体を感知するセンサーをおそらくは後天的に獲得しているのであるが、それも多様なタンパク質の発現が可能だからこそであろう。実際、微弱な電流や赤外線を感知する生物は実際にいるわけだし、あれだけ形態形成を繰り返すゴジラがいきなり新たな形質を発現させても、なんら不思議ではない。ただし、三次元的に移動する物体のみ感知するようで、直線的(二次元的)に動く物体(線路上を走行する列車など)は対象外だったようである。

 無性生殖的に様々な種へ分岐して拡散するというのも、生物の生存戦略としては極めて理にかなった方法である。おそらくは余剰にある遺伝子を自ら組み替えて、形態形成パターンや遺伝子発現のパターンを変えてゆき、身体の一部から出芽のように新個体を放出する生殖様式なのだろう。ゴジラの場合、一個体の中に、複数の個体が内在し、環境の変化に応じて小さな個体として分散、状況次第で再び集合するような「可塑性のある個体」という概念を確立させているのかもしれない。第二形態から第三形態への変化、飛翔形態もしくはヒト型形態の萌芽が身体の一部から生れているなどがその例である。すなわち、我々が長年イメージしてきた恐竜型のゴジラは、単に形式的な「はりぼて」に過ぎず、ゴジラの本質はその個体の可塑性にあるのかもしれない(だとすると、今後、映画としてはヒットにくくなるだろう)。

 

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 さて、問題の血液凝固剤について。血液凝固剤というのは、血液凝固に関わる様々な因子(そのほとんどはタンパク質)に作用して、血球やタンパク質が凝集するように促す物質である。トロンビンのような天然由来のタンパク質もあれば、凝固反応の足掛かりを作るような無機物(シリカ、カルシウムなど)の場合もある。劇中では候補が数十種類あり、破壊現場から回収したサンプルから有効なものサーベイしている様子を示していた。要するに新たに開発するというより、既存の血液凝固剤を使うということである。となると少なくともゴジラの血液は脊椎動物と共通の成分を多く含む液体ということになる。そんな我々と大差ない体液が高温となっている体内で変性しないのかという疑問は脇に置き、あれだけの巨体に対してあんなタンクローリー車程度の血液凝固剤の量で足りるのかという疑問を持った人もいるだろう。そもそもゴジラの体循環系もはっきりしない(熱源の分布はわかるにせよ)のに、血液凝固剤の投与だけで冷温停止スクラムがかかるとどうして断言できるのか。

 そこは、矢口が大河内内閣の閣僚に「希望的観測は禁物」と苦言を呈したのと同じ程度には、「血液凝固作戦(ヤシオリ作戦)」にも大きな「希望的観測」が含まれている事は否めないだろう。環境省の尾頭も途中「確度をあげるしかない」と言うあたり、それなりにやけっぱちな方法論である事は自覚していると思われる。しかし、他に妙案がない以上やるしかないのである。

 さて、血液凝固剤あんな量で足りるのか、もしくはあんな入れ方で効果あるのかという疑念であるが、実際に効いてしまった以上、次のような事が考えられる。

 まず血液循環による冷却機能は、相当な血流速度によって維持されていたと言う事がまずある。言うまでもなくあの巨大なサイズ全体に冷却のための血流を送りだすにはとんでもない圧力によって血液を輸送しなければならない。単純に100m以上の高度に何トンもの血液を引き上げるだけでも大変なのに、効率的に冷却しなければならないのでゆっくり循環していたのではその場その場で茹だってしまう。逆に言えば、ちょっとでも遅滞すると全身に大きな影響が出てくると言う事である。それは、全量凝固剤を投入する前からゴジラの動きが鈍くなっている事からも推測できる

 また、莫大なエネルギーを利用して生命を維持しているために、その制御の揺れによってぶれるエネルギーの単位が半端ではない。下手すれば自分自身が核エネルギーによって溶解してしまう危険性もある。よって、アクシデントが生じた場合はシビアに対処が出来るようにシステムが構築されていると考えられる。よって、血液凝固によって少しでも通常の冷却系のシステムに反故があった場合、すぐさまもっと強力な冷温停止状態を強制的に執行することになる。ATPによるエネルギー生成系の私たちの身体では、どんなにエネルギー生成系が暴走したとしても、体液が沸騰するようなことはない。だいたい36℃プラスマイナス5℃に収まっているのが私たちの身体である。しかし、ゴジラは違う。下手すると簡単に数千℃も体内温度が急上昇することもありうる。

 これは逆に考えれば、全身の血液が凝固しなくても部分的な血栓のようなものが生じるだけでも冷却抑制効果が出てくるということであり、あの程度の血液凝固剤で充分だったということだろう。

 もう一つの疑問、「あんな入れ方で大丈夫なのか」だが、あの噴出口から超高温の熱腺が放出されていた訳であるから、最も冷却しなければならない部位に直結している事は疑いの余地はないだろう。そこに直に血液凝固剤が入ると言う事は、いきなり本丸の血液が冷却不全を起こすと言う事で、最も効果的な投入部位ということが言えるだろう。

 また、今回の血液凝固の作用を見る限り、ゴジラは毛細血管で成り立つ閉鎖血管系ではなく、部分的に血管がなくなる開放血管系の循環系であると推測される。もし閉鎖血管系であれば、それこそ「飲ませる」のでなく「注射」しなければ効果は期待できなかっただろう。

 

 

考える血管―細胞の相互作用から見た新しい血管像 (ブルーバックス)

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 なお、スクラム冷温停止にとなっても、周囲の気温が10~30℃である以上、徐々にゴジラの体内の温度も気温に近づいてゆくと思われる。スクラムはあくまで緊急停止措置であって、充分に冷却できれば生命活動を再開するのは時間の問題であろう。矢口が最後、遠景のゴジラを見ながら、浮かない表情を浮かべたのも、今回の対処が多かれ少なかれ時間稼ぎに過ぎない選択だった事をかみしめていたからかもしれない。

 

 余談ながら国連決議で、熱核兵器(いわゆる水爆)で熱却する選択肢も出てくる訳だが、言うまでもなくゴジラは核弾頭が身体に着弾する前に迎撃するものと予想される(というか一般的に熱核兵器は上空で炸裂させる)。熱核兵器核融合の連鎖反応によって形成する火球の内部は、瞬間的に数億度になるが、派手に爆発する段階にはかなり温度としては低下してしまう。実際に、ゴジラに降りかかる熱線はせいぜい10,000℃弱にすぎないであろう。通常の生物ならそれで十分すぎるほどだが、元々数万℃の温度環境を制御するゴジラにとって、10000℃程度では熱却することはできないと思われる。と言う事で、熱核兵器を使用した場合、二重三重に日本へのそして世界へのダメージが大きかったと思われる。

 

核兵器のしくみ (講談社現代新書)

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 最後にゴジラの行動パターンについて。巨災対では「意志があるようには見えない」という見方をしていた。確かに一回目のルートには何かの必然は感じられない。ただ、試しに陸に上がって、どうも放熱がうまくいかないから海へ戻ったと言う風な感じである。

 しかし、二回目の上陸は政府中枢を目指して進行している事は明らかで、これは単なる徘徊とは違うであろう。もしかすると、一回目の上陸も目的地はそこで、途中で断念したのかもしれない。一回目の上陸の被災地を訪れた矢口が「あとちょっとで首都中心に到達する」と言う台詞がそれを物語っている。

 と言ってもゴジラになんらかの「自由意思」があるとは思えない。その生殖形態からして、おそらくは中枢神経は全身に分散していると思われる。いわば昆虫の神経系をより発達させたような情報処理がなされているのではないか。つまり、ゴジラとして発生した時点で目標地点がプログラミングされていると言うのが妥当な線であろう。そして、目的地でエネルギーを放出して火の海にしてから、新たな複数の形態となって、全世界に飛散するという予定だったのかもしれない。それは凍結後の尾のアップの映像が示唆している。

 では、そうした行動プログラムはどうして生じたのか。それは科学の視点では何とも言えない。もしかすると、牧吾朗博士が設定したのかもしれないし、生物として元々そのようにできているのかもしれない。物語としては、牧吾朗設定説が盛り上がる訳だが、監督自身はその答えを明かす事はなかろう。

 

 

モンシロチョウ―キャベツ畑の動物行動学 (中公新書)

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孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学)

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ともあれ、「科学的な視点」で好きに論じてみた。いろいろ計算・概算等が間違っているかもしれないが、ご指摘あれば幸いである。