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ZoaZoa日記

気の向くままに書き散らしてゆきます。皆さまの考えるヒントになればと思います。

「君の名は。」の科学 後編

 ここからは、個人的な理科的視点で「君の名は。」について書いてゆく。「こんな細かい事をくどくどと書いて何になるのか」と言う意見もあるかもしれないが、はっきり言って何もならない。ただ、考えてみるのが面白いから考えているだけである。なるべく正確な記述に努めたいが、いかんせんすべての分野について専門家ではないので、どこか根本的に概念が誤っていたり、計算が間違っていたりする可能性もある。お気づきの点があれはご指摘いただきたい。

 

ティアマト彗星の軌道について

 「君の名は。」は、彗星が非常に重要な役割を果たす。登場する彗星の名は、ティアマト彗星といい、周期は1200年と紹介されていた。周期が1200年と言えば長周期彗星あるいは非周期彗星であり、周回によるその核の質量減少も小さいと予想され、それなりに巨大な彗星と考えられる。

 周期から考えて、その彗星の起源は、冥王星よりはるかかなたの太陽系外縁、いわゆる「オールトの雲」にあると考えて間違いないだろう。そして、それは太陽の周りを楕円軌道(あるいは放物線軌道)でまわっている。最初にテレビに映っていた解説図ではちゃんと彗星が太陽の周りをまわっているように描かれていたのであるが、その後何度かテレビを通した彗星軌道解説図では、なぜか地球のまわりをまわっているように描かれている。これは大事件である!地球の重力(質量)がこの1200年の間に急激に増大したのであろうか?そうでもないと、あのテレビの図はありえない。

 ネットを見ると、やはり気になった人がいて、山本弘氏も「面白い作品だけに、こういった根本的な間違いは惜しい」という旨のコメントを出している。ま、そう言いたくなる気持ちはわからない訳でもない。実際、天文ファン、あるいは高校地学大好きだった人なら「ええ?!」とびっくりする所である。とはいえ、そんな人は観客のごく一部であって、ほとんどの人にとっては、彗星の変な軌道などは眼中にないだろう。

 何度かその不思議な解説図が出てくるので、私としては「テレビ局が馬鹿なのだな」と言う風に考えることにした。天体に詳しくないテレビ局の美術さんが資料から描き写す際に間違ってしまいそれが延々と改正のないまま使われてしまったのである。現実においても、テレビで滅茶苦茶な図や表が出てくる事は決して珍しくない。あんな図を出して、多方面からクレームが来ないのかと心配する事もあるが、番組を見ている限り、あまりそう言う類の間違いのクレームはこないようである。あるいは来ていても無視しているのかもしれない。

 

やさしくわかる 太陽系

やさしくわかる 太陽系

 

 

 

 

ティアマト彗星の分裂について

 さて「君の名は。」では、なんと彗星が分裂するのである。物凄く貴重な天体現象である。実際、劇中のテレビ放送が「世紀の天体ショー」的にそれを報じている。アニメであるから、印象映像を参考にするしかないが、ティアマト彗星はとんでもなく巨大に見える。東京で瀧が眺めている様子から核と尾を合わせて45°を余裕で超えている。下手すると70°くらいあるかもしれない。

 巨大に見える要因としては、「彗星の核がもともと巨大である」か「異様に地球に接近している」かのどちらかである。最近ではへール・ボッブ彗星が記憶に新しい。この巨大彗星は、彗星の核が巨大だったパターンである。なんと核の大きさは50kmちかくあり、しかも、核が二つ以上あり中で自転しているという驚きの研究結果が出た。

 テイアマト彗星による大惨事の原因も「核自体が巨大で、その核がすでに複数あり内部で自転しているものが、周囲の惑星の重力の影響を受けて、何かの拍子に(えらく適当な言い回しだが、専門でないので申し訳なし)彗星本体から核の一部が飛び出してしまった」という説明ができないこともない。つまり、「糸守町に落下したのは、ティアマト彗星の最も大きい核のまわりをまわっていた小さな核であった」という訳である。ところが、この説明だと問題が一つある(専門の方から見れば複数の問題があるだろうが)。彗星本体からの分離から糸守町落下までの時間が短すぎるのである。

 作品中では、お祭りの夕方、彗星の分裂が確認されてから、少なくとも数時間以内にその分離した核が糸守町に衝突しているようである(感覚としてはもっと早くに衝突しているように思える)。テレビ放送の声も「急な事で落下地点は予測できない」と言う風なアナウンスが流れる。

 観測史上最も接近した百武彗星であっても、地球から彗星までの距離は0.1AU(約1500万km)であった。地球の軌道に近づいている彗星自体の速度をざっと17km/s(時速61200km)とした場合(実際は、太陽に近ければ近いほど速度は大きくなるのだが)、分裂から地球落下まで約246時間(ざっと10日間)かかるのである。あの町の規模なら、避難準備は余裕をもってできるだろう。別に変電所を爆破する必要もない。

 しかし、仮に彗星分裂から衝突までの時間を12時間として逆算すると、ティアマト彗星と地球との最接近距離は734400kmということになる。これは地球と月の距離の約2倍弱程であり、地球との衝突の確率を真剣に計算しなければいけないレベルだ。さらに6時間に短縮すると(作品の中ではそんなタイムスケールだったような気がする)、36720kmとなり、ついに月との距離よりも近くなる。

 6時間の場合、明らかに地球近傍天体の扱いとなる。しかも、直径数10mの小惑星などではなく、それなりの大きさの彗星が迫ってきたら、「華麗な天体ショー」とテレビで浮かれている場合ではなく、万が一、彗星が分裂した場合の対策を国際的に練っておかねばならないだろう。とは言っても、人類は彗星の軌道を即座に変える術を持たないし、彗星がどのように分裂するかを予測する事は非常に難しい。さらにはその分裂した核が地球のどこに落ちるのかを予測する事も、12時間程度では非常に難しいかもしれない。対策を立てるのが難しいから、パニックを避けるため「ティアマト彗星は危険である」と言う事は公表されなった可能性もある。とはいっても、各国のアマチュア天文家が警告を発していたとは思うが。

 さて、さらに極端に話を進める。もし、分裂から3時間で衝突したならどうか。この場合、ティアマト彗星と地球との距離は18360km。この凄まじい至近距離は、地球の重力によって小天体が崩壊する、いわゆるロシュ限界の距離19134kmより小さい。こうなると、彗星本体が崩壊するので、糸守町のみならず、彗星の核由来の巨大な破片が地球各地に落下し、天体観測史上最悪な大惨事となるだろう。作品の中では、「ロシュ限界は超えてない」という事も言及されている。ということで、数時間という事を考えれば、彗星分裂が確認されてから、その分裂した核が糸守町へ衝突するまで6時間から9時間の猶予があったと思われる。

 

 

天文年鑑2016年版

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彗星の科学―知る・撮る・探る

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ティアマト彗星のクレーターについて

 糸守町のある飛騨山脈は火山フロントに位置し、活火山が過去にあってもおかしくはない場所だ。つまり、宮水神社の本社のあるあの場所(龍神山)はカルデラの可能性もある。

 しかし、宮水神社の失われた伝承という物語の背景を考えると、ティアマト彗星が過去三回ほど糸守町周辺へ彗星の核を落としていったと考えるのが自然であろう。まあ、同じような場所に彗星の核の断片が周期的に落下するのは、確率的には極めて非現実的な事象ではあり、普通は「ありえない」と断言してもいい。しかし、それでは話が成り立たないから、「そういうもの」として考える。

 すなわち一回目(かどうかはわからないが)、2400年以前の衝突時にはご神体のある龍神山のクレーターが出来、1200年前の衝突では糸守湖を形成するクレーターが生じ、大規模な山体崩壊と山火事が発生して、災厄を鎮めるために宮水神社が建立される(この辺もあくまで想像)。そして三年前に、糸守町の湖畔に三回目の衝突が起こる。

 さて、龍神山クレーターを形成したファーストインパクト(仮にM1クレーターとする)は、人の大きさと山腹との比較の印象だと、バリンジャー隕石孔とほぼ同じ規模、すなわち直径は1.5km程度といった所だろう。

 そして、糸守湖を形成したクレーター(M2クレーターとする)は、最も衝突の規模が大きかったことは、単純なクレーターの大きさ(湖の直径)を見れば想像がつく。諏訪湖がモデルだとすれば、直径は約5km。数千年以内の範囲で生じたクレーターのうち、これほどの規模のクレーターは現在の地球上には見つかっていない。

 最後に糸守町の湖畔に生じたクレーター(M3クレーターとする)は、湖の大きさの比較からおよそ直径2km程度と思われ、この時に衝突した彗星の核は、バリンジャー隕石孔を作った隕石よりもエネルギー量が大きかったことがわかる。

 さて、それぞれのクレーターは、どの程度の大きさの彗星核が糸守町周辺に落ちた結果なのだろうか。それを算定するには、彗星核の密度、入射角度、衝突速度、地盤の特性などを決めて計算しなければならず、それなりに面倒である。しかし、世の中便利になったもので、それぞれのパラメーターを入力すると隕石が衝突した場合の被害を自動的に計算してくれるサイトがあるのだ。その名も、Impact Earth!。さっそく数値を入力して、結果を出してみよう。

 まず、密度であるが、彗星の核はほとんどが氷なので、密度はほぼ1000kg/m3、すなわち、重さが1トンの一辺が1mの立方体と言った感じだ(これが鉄隕石になると同じ体積で重さは8トンになる)。入射角は、作品中の衝突時の映像からすると約70°くらいだろうか。衝突速度は、先に出てきた彗星の公転速度に合わせて17km/s(時速61200km)としておく。地盤の特性は周囲の火山噴火で生じた凝灰岩、すなわち堆積岩ということにしておく。さらに、三回目の衝突の際には、湖畔衝突と言うことで、水深100mと仮定して、対岸に生じる津浪規模も計算してもらおう。そして、非現実的ではあるものの、三回の衝突は同じ条件で起こったとする。結果は以下の通り。

 

 M1クレーター(龍神山ご神体)  → 衝突した彗星核の直径157m 

                   クレーターの底のまでの深さ 150m

                   地球衝突の確率:7600年に1回

 

 M2クレーター(糸守湖)     → 衝突した彗星核の直径450m

                   目視上、太陽の82.5倍の火球を形成

                  クレーターの底までの深さ 約200m程度

                   地球衝突の確率:80000年に1回

                   

 

 M3クレーター(糸守町湖畔に衝突)→ 衝突した彗星核の直径 185m

                    クレーターの底までの深さ 201m

                    対岸の津波の高さ:26m~52m

                    対岸までの津浪到達時間:2分40秒

                    地球衝突の確率:12000年に一回

 

 結果を見て分かる通り、どれも数千~数万年単位で一回起こるか起こらないかの事象である。しかも、「糸守町に」ではなく「地球に」衝突する確率である。つまり、同じ地域に数千年の間に続けて落ちる確率はさらに何桁も小さくなる。現実には「ありえない事象」というのがよくわかるだろう。ただ、もし万が一、このような大きさの規模の彗星の核が地球に衝突した場合、どのような大災害になるかということはわかる。

 作中では、M3クレーター形成時、対岸の山側にある糸守高校が避難所として設定されている。衝突地点から高校までの距離は定かではないが、落下地点の対岸なので、少なくとも5km以上は離れている事は確実だ。しかし、直径185mの彗星の核が通常の地表に衝突した場合、衝突地点から10km離れていても風速120m/sの突風が吹き荒れ、木造家屋や樹木はなぎ倒される。ただし、湖畔ということで、糸守湖の水がその衝撃を多少和らげると思われるが、それは逆に言うと、湖畔に津浪が押し寄せると言うことでもある。

 糸守湖外縁ということで水深100mとして入力すると、津波の高さは最大52mということで、彗星衝突地点以外でも、商店街などのある湖畔の町は津波で全滅であることがわかる。高校は高台にある(しかも湖畔が切り立っている)ためぎりぎり大丈夫だったのだろうか。ただし、いくら糸守湖がショックアブソーバーとなったとしても、おそらくは衝撃波は余裕で高校まで到達し、学校の窓ガラスはすべて割れ、避難が完了していたとしても少なからず人的な被害は出たはずである(新聞記事では町民全員無事のような内容が出ていたが、命に別状はないと言う意味だろう)。

 余計な事だが、三葉がつけていた日記(学習ノート?)のようなものも、この時に消滅したと思われる。

 

 また、落ちた彗星核の一部が185m程度として、そこからざっと逆算すると、ティアマト彗星本体のメインの核はやはり直径5~10km程度の大きさがあると思われる。もしそうなら、夜空に虹色に輝くあの様子は充分納得できるし、むしろ明るさが足りないくらいである。

 

 

 

天体衝突 (ブルーバックス)

天体衝突 (ブルーバックス)

 
Newton 小惑星インパクト

Newton 小惑星インパクト

 

 

 

 

M1クレーター(龍神山のご神体)の植生と巨石

 龍神山の山中にあるM1クレーターであるが、その植生は作中ではほぼ草原・湿原である。そして、宮水神社のご神体のある巨石にそれなりの照葉樹らしき高木が生えている。飛騨山脈南部では森林限界は標高2500m程度にある。そのような高山に三葉の祖母である一葉が一日で登るのは厳しいだろう。また、龍神山の外輪山から見える周囲の山も、森林限界を超えた北アルプスレベルの標高の山は見えていない。つまりは、M1クレーターのある山々は、樹木が育たない森林限界の標高ではないと推測できる。

 となると、あのクレーター内部はうっそうとした森林が再生しているはずだ。というのも彗星の核が衝突して一旦はすべての植生が消失するが、日本の気候条件では、2400年もあれば植生が余裕で回復してしまうからだ。しかし、作品の中ではクレーター内部は森林ではなく明らかに見かけは草原・湿原である。いったいなぜか。おそらくは、80年~120年前に山火事があったのであろう。そして、すべては黒こげとなり荒原となり、そこから二次遷移が進行中という状態ではないか。二次遷移の年月は、ご神体の巨石に生えている樹木程度と思われる。また、湧水も豊富で、窪地(この世とあの世の境界にあたる)では湿性遷移が出発点になるエリアもある。よって、森林を形成する速度が平地よりも多少遅い事も考えられる。

 

 

図説 日本の植生 (講談社学術文庫)

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気候変動で読む地球史―限界地帯の自然と植生から (NHKブックス No.1240)

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 また、M1クレーターにはもうひとつ謎がある。M1クレーターが火山によって生じたカルデラではなく、彗星の核の衝突によって生じたと考えるならば、口噛み酒を奉納しているご神体の鎮座する巨石はいったいどこから来たのかという問題である。個人的にはある意味、この作品の最大の謎かもしれない。彗星の核はほとんどが氷なので、衝突した後には実体はない。つまり、あの巨石は宇宙からの落下物とは別物である。ならば、「元々あった岩なのでは」と思ったところで、そんな巨石も彗星の核の衝突時にすべて吹き飛んでしまっているはずだ。ではあの巨石の起源は結局何なのか。

 可能性の一つとして、近隣の火山噴火によって飛んできた火山岩塊という事がある。それにしても巨大すぎるので、1200年の間にクレーターの中心部から数km範囲の近隣の火山において相当に大規模なブルカノ式噴火が起きたと想定しなければならない。M1クレーターの外輪山から見た糸守町側の景観は、かなり開けていたので、その近接した火山はそれ以外の方角にあると考えられる(ようには見えないのだが、山体崩壊して、長い年月の間に植生が回復し、現在は火山活動の痕跡もない目立たない形になっているのだろうか)。なお、あの巨石が火山噴火の岩塊であると仮定すると、作中で見える巨石の色合いから推測するに、あの巨石は安山岩で出来ている可能性が高い。

 また、人があそこまであの巨石を運んできたと言う事も考えられる。重機もない近代以前にそんな事が可能なのかと思うかもしれない。しかし、飛鳥の石舞台古墳ストーンヘンジなどを思い返してみれば、現在からすれば想像を絶する労力であったかもしれないが、外輪山まで運ぶ事ができれば、あのクレーターの底まであの巨石を運ぶのは不可能ではないだろう。

 しかし、最も可能性があるのは、糸守湖形成の時、すなわち直径450mの彗星核の衝突によるM2クレーターを形成の際に、衝突地点の山中に元々あった岩塊が飛ばされてきたということだろう。実際、龍神山のM1クレーター内部及び外輪山には、大小の岩が散在している様が見てとれる。クレーターの底、それも真ん中に、あのような巨石があったら、当然、そこをご神体を祀る本社(本宮)とするのは自然な流れであろう。

 

 

日本の火山図鑑: 110すべての活火山の噴火と特徴がわかる

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巨石巡礼―見ておきたい日本の巨石22

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口噛み酒と神事

 三葉が神事で口噛み酒を作る場面で、テッシーが「人類最古の酒作りの方法だ」と呟く所がある。確かに人為的に製造する酒として口噛み酒は弥生時代程度までは遡れるので、かなり古い部類に入る。米などのデンプンを唾液のアミラーゼで分解し、生じた糖類を天然の酵母が分解し、アルコールが生成される。しかしながら、デンプンを分解しなくても、天然には元々、果実の果汁や蜂蜜に糖類が存在する。その糖類(果汁や蜂蜜)を適温で保存すれば天然の酵母によって自然とアルコールが生じる。いつ頃に製法が確立したかどうかは定かではないが、人類が最初に酒を作ったとすれば、果汁などを原料にしたものが先であろう。と言うのも、米を材料に使う以上、口噛み酒は農耕成立以降でないとありえない酒作りだからである。

 この口噛み酒、真っ当に製造するのはなかなか難しい。単に飯を噛んで吐けばいいというものでなく、口腔内の微生物のフローラがどうなっているかによって、生じる酒の品質も変わって来る。細菌の組み合わせ如何では、最悪の場合、腐敗が進行するケースもありうる(というか、素人がやれば大抵そうなる)。それは、巫女であろうかその辺の親父であろうが口腔内の微生物の種類が問題なのである。「もやしもん」でも、美里薫たちが口噛み酒でひと儲けしようと画策するも失敗に終わっている様が描かれている(どうやら、四葉が作った方は、生化学的には少なくとも失敗しているようである)。

 

縄文の酒

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酒の科学―酵母の進化から二日酔いまで

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もやしもん(1) (イブニングKC)

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 ともあれ、三葉の醸した三年物の口噛み酒を、瀧は一気に飲む。

 「三葉は巫女の家系だからわかるとして、なぜ瀧が三葉に選ばれたのか、その理由がわからない」という感想を書いている人もいたが、私としては「あやふやな記憶を頼りに、あの口噛み酒を飲み干す」という大胆な行動を起こすだけで、三葉と結ばれるに十分な素質を持っているだろうと感じる。話の流れで「飲んで当然」と思う人も多いのかもしれないが、ほぼ野外で三年間放置された、しかも神聖な意味合いもある、あの口噛み酒をあえて封をといていきなり飲むというのは、いろいろな意味でやはり普通の現代人の感覚では無理であろう。

 まず、三年間寝かされた結果、どんな成分が生じ・どんな微生物が優勢になっているかわかったものではない。下手すれば、食中毒になる可能性だってある。そして、迷信とわかっていても、神聖なものに触れる(しかも封を開けて身体に入れる)という行為は、今だって「罰が当たる」と普通は感じるものだろう。少なくとも、私なら、まずは臭いをじっくりと嗅ぎ、火落ち菌によるメバロン酸や酢酸菌による酢酸その他有機酸が生じてないか確認するだろう。要は、酸っぱい臭いがした時点でアウトである。

 しかし、瀧は御神酒徳利の蓋に中身を注ぎ、一呼吸置くだけで、臭いも嗅がずに一気に飲み干すのだ。科学の視点で眺めれば、はっきりいって無謀である。

 

 

神饌 ― 神様の食事から“食の原点

神饌 ― 神様の食事から“食の原点"を見つめる

 

 

 「君の名は。」は一応、男女の恋愛の話ではあるのだが、三葉をわざわざ巫女の設定にしていると言う事は、神事を通した奇跡という舞台装置を活用する狙いがあると思われる。となれば、瀧もまた、やはり巫(かんなぎ)の末裔と考えるのが自然であろう。それも、水にまつわる神々である(そして、名前の「瀧」は、彗星を象徴する「竜」が含まれている。そして、瀧の通う高校は「神宮高校」)。有史以前から、男女の心身交換を通して災厄を予言するようなシャーマンが存在し、その末裔が三葉と瀧なのである。よって、二人が結ばれるのは宿命であり必然なのだ。

 すなわち、「君の名は。」は、瀧や三葉の意識を超えた古来の神事をなぞりつつ、男女の運命的な結びつきを成就させると言う日本の深層を内在する恋愛物語と言う風に見る事もできそうだ。そう思えば、「M1クレーターのあの世とこの世の『水』で隔てられた境界を超えて、宮水神社の本宮に入り、口噛み酒をいきなり飲み、『彼は誰時』に、時空を超えて瀧と三葉が邂逅する」と言うある意味強引な(伏線を一気に回収しすぎと言われがちな)流れも別の意味で納得がゆくだろう。ま、この神事の話は、あくまで私の妄想に過ぎないので、実際の狙いはわからない。

 

 なお「繭五郎の大火」というエピソードもあるように、組み紐の素材はおそらくは定番の絹であろう。充分な面積の水田に恵まれない糸守町にとっては、やはり養蚕が盛んな時代があった事が考えれる。そうでなければ、繭五郎(まゆごろう)などという名前はつけないだろう。

 

 ここに書いた細かな科学的なお話しを知らなくても「君の名は。」は、充分楽しめる作品である(ただ、「口噛み酒と神事」については、その視点があると、クライマックスはまた一層楽しめるかもしれない)。おそらくは、こうした科学的な視点以外にも、見る人によっていろいろな解釈(特に民俗学的な視点で)があることだろう。

 

 改めて、こうした作品を多感な十代に映画館で鑑賞できるというのは、羨ましいと思う。そして、この小文を呼んで、彗星や火山などにも興味がわいたという人がいれば、存外の喜びである。

 

9月9日追記:小説版、及び2回目鑑賞を経て、いろいろ見落とし、勘違いがあったので、全面的に改正した。