シンゴジラに出演している面々
しつこくシンゴジラについて書く。いいかげん、落ち着きを取り戻したいのだが、いろいろ書きたい事が湧き上がるのがこの作品の特徴だから致し方ない。今回は出演者についての個人的な雑感を垂れ流してゆく。
「シンゴジラと文系理系」で、「出演者はほとんど記号化されている」と書いたが、その記号化に大いに貢献しているのが、出演者の多種多様な「顔のバリエーション」である。シン・ゴジラ、登場人物は原則的にアップでスクリーンを占拠する。役者というのは、原則、身体全体で演技する訳で、顔面のアップばかりだと顔で演じる他ないのだが、その顔が本当に多岐にわたる。しかも、ほとんどは中年男性である。こう書くと、未見の人は「相当に暑苦しいのでは」と思うかもしれないが、意外とそれを感じないのは、ひとえにワンカットが非常に短いと言う事がある。ある意味、暑苦しさを感じる前に次のカットへ進む。
つまり、そのアップの顔の切り替えでもう潜在的な物語が生じてしまう訳だ。モンタージュ理論の変わった応用とも言える。その「顔面博覧会」に登場させる役者陣が本当に適材適所というか、誰もが一度ならず何度でも様々なドラマや映画で見かけたはずの、でも名前までは全員は知らない顔である。よくこれだけ集められたなと言う感じだ。見る人の文化的背景によって「あ、あの人、こんな所に出ている!」と驚く場面が必ずあると思うのだが、一方で、この映画を一回見て、出演している台詞のある役者の名前と経歴まですべてスラスラ言える人はなかなかいないだろう。もしいたら、相当な役者マニアと言っていい。当然、私もすべての出演者(エキストラ的な人は除く)の顔と名前は一致しないし、そんな事をやりながら映画を見たら、ただでさえ情報量の多い作品なので、頭はパンクする。
ということで、シン・ゴジラで私自身が印象に残った役者たちを並べていきたい。
大杉 漣(大河内清次内閣総理大臣)
劇団から下積みしたその役者歴はもう途方もない分量で、受賞歴も凄い。到底すべて把握できはしないのであるが、とにかく「なんでも演じる」のである。個人的に印象に残るのは竹中直人の「無能の人」の古書店主、北野武「ソナチネ」の片桐。そして、やはりシン・ゴジラの流れとしては、「仮面ライダー1号」の地獄大使を忘れる訳にはいかないだろう。地獄大使が総理大臣なのである。
柄本 明(東竜太内閣官房長官)
今や、彼の子供たちの方が有名なのかもしれないが、やはり柄本と言えば、東京乾電池の柄本明であろう。この人も、あまりにいろいろな作品に出ているので、代表作と言われると案外と難しいのだが、個人的には川上弘美原作の「センセイの鞄」の松本春綱先生の枯れた存在感が印象深い。そして、やはり「ゴジラ対スペースゴジラ」の結城晃を忘れてはならない。ゴジラを血液凝固剤でどうにかしようとしていた結城晃と思ってみると、ゴジラが上陸してもそれなりに落ち着きはらって閣僚に指示を出す姿も納得できてしまう。
國村 隼(財前正夫統合幕僚長)
この人も、普通にテレビドラマや映画を見ていれば、絶対に「見た事のある顔」の一人だろう。どちらかというと、渋い役柄、あるいは参謀的な立ち位置を演じる事が多い。「ゴジラFINAL WARS」では新・轟天号の副艦長の小室少佐、草薙剛の「日本沈没」では、内閣官房長官(のちに内閣総理大臣臨時代理)の野崎亨介を演じている。今回の幕僚長の役では本当に彼の本来の持ち味が最大限に生かされていて嬉しい限りである。
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シン・ゴジラにおいて最終的に「美味しい役」によくこの人を起用したものだと思う。この人の芸歴も長く、実に様々なドラマや映画に出ている訳だが、ほとんど特撮の歴史と重なっているから、ウルトラマンシリーズではタロウ、レオ、ガイア、メビウスに出ているし、平成のウルトラ映画でもお馴染みの顔である。そして、ゴジラならあの「ゴジラ対デストロイヤ」での上田内閣調査室長なのだ。彼の今回のシン・ゴジラでの配役は、そういう特撮の脇役功労賞みたいな気がするのは私だけだろうか。
渡部 哲(郡山 内閣危機管理監)
個人的にはNHK朝の連続ドラマ「私の青空」のバズーカ利根川の印象でずっと来ているのだが、おおむねそんな感じの役が多いので、修正されていない部分もある。しかし、思い返せば、「ゴジラ対キングギドラ」でラゴス島日本軍軍曹、「ゴジラ対モスラ」では戦車隊長、「ガメラ大怪獣空中決戦」では富士裾野での中隊長と徐々に出世し、ついにシン・ゴジラでは初動体制を作る重要な役どころの内閣危機管理監になっている。この流れ知る人は、郡山内閣危機管理監の冷静沈着な対応には積み重ねた経験によるものだと、わかる人にはわかる訳で、顔だけで選んだ訳でないのが憎い。
「小池百合子をモデルにしているだろう」とかなり言われているが、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。この人も何でも演じられる実績のある大女優なので、小池百合子が仮に防衛大臣をやっていなかったとしても、こんな「鉄の女」のような防衛大臣がいてもおかしくない雰囲気は充分に出ていたように思う。とありえず草薙剛の「日本沈没」の大地真央よりは実在感はある。というか、シン・ゴジラの場合、あくまでその場の、花森大臣の「首相を追い詰める迫力」のみで「実力と声の大きさでのし上がって来たんだだろうなあ」と観客に物語を補完させてしまう力がある。これは「竹で割ったような勢い」と「冷徹さ」とが共存できる女優でないと無理なので、余貴美子がまさに適任だったであろう。
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長谷川博巳(矢口蘭堂内閣官房副長官)
石原さとみ(カヨコ・アン・パタースン大統領特使)
この三人に共通する事は、ちょっと微妙な出来の特撮映画に出ているということだ。長谷川博巳と石原さとみは樋口監督の「進撃の巨人」にシキシマおよびハンジとして、市川実日子は庵野監督の「キューティーハニー」に秋夏子として出ている。進撃の巨人とキューティーハニーは、映画作品としていろいろ問題はあるものの、個々の俳優の仕事として見ると、結構見ごたえがある。特に「進撃の巨人」での石原さとみの弾けぶりと長谷川博巳の成り切り度合いはなかなかである。
長谷川博巳という名前を私が知ったのは「鈴木先生」からである。武富健司原作のコミックを初めて読んだ時の衝撃は忘れる事はできないが、あれを実写ドラマでやるなどとは夢にも想定していなかった。コミックだからこそぎりぎり許される表現内容だと思っていたのだが、長谷川博巳という怪物俳優を得て、見事に実現してしまった。あれができるなら、彼は何でもできる。当然、シン・ゴジラの矢口も下手をすると非現実的なキャラクターとして浮きそうなのだが、違和感なく引き込まれるのは彼の秘めた狂気によるものに他ならない。それは、別のベクトルの狂気にはなるが、石原さとみも同様である。まあ、石原さとみに関しては、賛否評論あるようだが、彼女のあの演技もまたシンゴジラを成り立たせるための極めて重要なピースであったと個人的には思っている。
市川実日子は、市川美和子と区別が付かない時期があったのだが、木皿泉脚本の「すいか」での芝本ゆかで、間違えることがなくなった。奈良美智の描く幼女のように目つきが鋭い方が市川実日子なのである。キューティーハニーの秋夏子役は、個人的には原作のキャラがとてもよく出ていて気に入っている。妙に思わせぶりなアンニュイな役柄よりも、どこかネジの外れた役の方が彼女の良さが出ると個人的には思っている。そして、満を持して(かどうかはわからないが)、監督はシン・ゴジラの最終兵器として尾頭ヒロミを投入したのである。これは皆が彼女にハマることを想定して監督がキャスティングしたとしか思えない。彼女以外のキャスティングをいろいろ想定してみるのだが、やはり全く思いつかない。本人としては困った事になるかもしれないが、スポック=レナード・ニモイのように、市川実日子=尾頭ヒロミになりそうである。
ともあれ、三人とも特撮映画に通底する独特の世界観を出せるキャストとして白羽の矢が立ったのであろう。そして、三人とも見事にはまった。
なお、前述の「キューティーハニー」には、パンサークロウのゴールドクロー(!)の役として片桐はいりが大真面目に出演している。言うまでもなく、シン・ゴジラでは、官邸のお茶くみのオバサンとして登場する。あれだけの一瞬の出番ながら、「片桐はいり、出てたな」と誰もが強烈に印象に残るのはいつもの通りである。
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髙橋一生(安田 文部科学省研究振興局基礎研究課課長)
松尾 諭(泉修一 政調副会長)
シン・ゴジラ鑑賞の第一回目では事前情報は完全にシャットアウトして映画館に向かったので、誰が出演しているなどの情報もないままであった。そこで、松尾諭が出た後に、髙橋一生が出てきて「MM9かよ!」と心の中で叫んでしまった。MM9は、山本弘原作のSFで、怪獣が定常的に出現する世界で、怪獣の出現予測を行う部署(気象庁特異生物部対策課、略して「気特対」)での物語である。それが原作とはかなり違う話としてドラマ化された。そこで、髙橋一生は灰田涼と言う実質的な中心人物を、松尾諭は山際俊夫という情報分析官を演じた。事実上、巨災対のひな型のような作品で、監督は樋口真嗣。といっても、まったりしたお役所的雰囲気の充満した分類の難しい作品だ。ともあれ、そのまったりとした二人がシン・ゴジラではえらく有能にパキパキ動いているので、二人が出てくると、MM9と比較しながら、頬が緩みっぱなしであった。というか、松尾諭、出世しすぎだ。
なお、ご存じ方も多いだろうが、髙橋一生は「耳をすませば」の天沢聖司の声をやっている。さらについでながら、ウルトラ・お笑いバラエティー番組「ウルトラゾーン」にも両人は出ている。
両人とも特撮映画史上印象に残るキャラクターのトップ10には必ず入るであろう人物として記憶されている事に異存はなかろう。と誰に言ってるのかわからないが、わかるひとにはわかる。嶋田久作は「帝都物語」「帝都対戦」で魔人・加藤保憲を、手塚とおるは、「ガメラ3邪神覚醒」にて狂気のプログラマー倉田真也を怪演している。
嶋田久作の加藤保憲は本当にハマり役で原作者の荒俣宏さえ、嶋田久作に合わせてキャラを書き変えたくらいである。加藤保憲の印象が強いせいか、嶋田久作と言えば、制服組又は何かしらデカダンスの漂う、余り感情は表に出さず、密かにほくそ笑む俳優と言う印象であった。そんな感じで今回のシン・ゴジラを見ていたら、アメリカ合衆国側からの要求に対して、いきなりバーンと机をたたき「それにしても、この要求はひどすぎます!!」と泣きながら鼻水たらしながら激昂するので、非常にびっくりした。「昔、東京を壊滅させたくせに、何を言ってるのだお前は」と心の中でつっこんだ人も多かろう。これも、わかる人にはわかる、なかなか皮肉な演出である。
手塚とおるも「ガメラ3」にて、天才プログラマー倉田真也として相当に気色の悪い演技を大放出している。あれこれロクでもない事を口走って、最後は、死の恐怖をリアルに感じながら、ひきつった笑顔で瓦礫の下敷きとなる。その恐怖の延長かのように、シン・ゴジラの文部科学大臣として、終始、落ち着きなく「何かの不安」を抱えているようなキャラクターとして登場する。シン・ゴジラで手塚とおるが発する台詞は基本的に「不安がらみ」のものばかりであり、まさに横柄な倉田真也の裏返しのような存在として演出されている。それにしても、いつのまにか文部科学大臣とは出世したものだ。
他にも、いろいろ書きたい出演者はいるのだが、際限がないからこの辺でやめておく。高良健吾、竹野内豊はなぜ出て来ないのかという人もいるかもしれないが、私としては、お二人とも映画の中での「常識人」としての要石としてよくやっていたと思うが、俳優としてはあまり印象に残っていなのである。ファンの人は申し訳なし。
なお、ここまで凝りに凝ったキャスティングを敢行しながら、第一作の「ゴジラ」に出演していた、菅井きんと宝田明が出演していないのは、単に都合が付かなかったのか、あるいはあえてキャスト候補から除外していたのか、どちらなのだろうか。
菅井きんは、なかなか体調的に厳しいという問題もあるかもしれないが、宝田明は参院選に出馬要請が来るくらいにはまだまだ元気なようである。
もし、あえて候補から除外していたのなら、庵野監督は、フィクションであれ真面目に「シン・ゴジラ」において本当に「ゴジラのいない世界」を想定していたとも考えられる。つまり、第一作はやはり特別なゴジラで、あの映画世界を体現していた二人は、「ゴジラを体験した二人」ということで使いにくかったのだろう。二作目以降はすべて原則「ゴジラのいる世界」という前提だから、誰が出演していようがさして問題はないのだが、やはり一作目は「ゴジラのいない世界からゴジラのいる世界へ」という原初体験な訳だから、菅井きんと宝田明は、他のゴジラシリーズ出演俳優とは違った位置づけだったのかもしれない。
ところで、映画館で四回見て、アナウンサーの小川真由美と広島大教授の長沼毅がどこに出ていたのか、未だにわからない。DVDが出たら、じっくりと探したいと思う。