ZoaZoa日記

気の向くままに書き散らしてゆきます。皆さまの考えるヒントになればと思います。

日本酒の音楽

 幼い頃は「大人になったら違いの分かる人間になりたい」と本気で思っていた。別にカフェイン飲料の宣伝に感化されていた訳ではない。「些細な差異が判別できるようになるには長い年月が必要なのだから、違いがわかると言う事は、大人であることなのだ」という単純な「大人への憧れ」であった。

 

ネスカフェ ゴールドブレンド 90g

ネスカフェ ゴールドブレンド 90g

 

 

  ところが、それなりに年を重ねてみて、違いがわかるようになったかと言えば、全くそんな気がしない。知識さえ積み重ねれば判別できる違いについては、まあ年の功である程度「わかる」ようになっている所もある。例えば、魚市場に置かれているシロサケ、ベニサケ、キングサーモンカラフトマス、ギンザケの違いなどは、小さい頃はさっぱりわからなかったが、今では見れば容易に判別できる。

 

サケマス・イワナのわかる本

サケマス・イワナのわかる本

 

 

 とはいっても、そのサケの仲間の魚たちが切り身となり、「味だけで判別せよ」となると、正直言って、どれがどれかを当てる自信はない。味と言うのは感覚であり、知識としては客観視することは難しい。仮に味の違いを感じたとしても、その時の自分の感覚のみで、どんな状況でも、ピタリと該当の魚種を当てるというのは私には至難の業である。つまりは、仮に違いがわかっても、それを第三者に伝える術を持たないということである。

 

 利き酒というものがある。日本酒の銘柄などをその味だけで当てるというものだ。利き酒師のような人が、蛇の目のぐい飲みから日本酒を口に含み、淡々とした面持ちで銘柄を当ててゆく様を見ていると、到底、私が及びもつかない世界だと思う。仮になんとなく違いがあると認識できても、それがどの銘柄なのかはたぶんわからない。そして、味を表現する語彙もない。そもそも、語彙があったとしても、その言葉がどの味に当てはまっているのか、私にもわからないだろうから、人に伝える事は出来ない。

 

蛇の目 利き酒 1合ぐい呑

蛇の目 利き酒 1合ぐい呑

 
日本酒の教科書

日本酒の教科書

 

 

 正直に告白してしまうと、日本酒を飲んで「不味い。これ以上、絶対に飲めない」と本気で思う事は滅多にない。「飲みにくい」とか「癖がある」などは感じたことはあるものの、それは私の中では不味いというものではない。微生物が醸したある種の個性だと思っている。不味いというのは、ドリアン羊羹(ペースト)とかサルミアッキ(塩化アンモニウム)の飴のようなものを言うのである。まあ、それでも、それらの罰ゲームみたいな味も慣れれば不味いと言うほどのものではなくなるのだが。

 

ドリアンペースト

ドリアンペースト

 

 

  不味い食材はともかく、日本酒はその製造工程の複雑さから、不確定要因が多々ある。だから、一口に日本酒と言っても本当に様々な個性が発生することになる。よって、人から「お勧めの美味しい日本酒を教えて?」と言われても困る。というか、なぜ利き酒師でもなく、普段、日本酒について語る事もない私に尋ねるのかわからない。まあ、尋ねてくる人も「絶対に美味しい日本酒を飲まなければ!」という壮絶な決意で私に尋ねている訳ではなく、「誰かいい人いない?」という程度の軽い気持ちで言ってくるのだろう。そこで、「いい人とは何か?善をなす人のことか?性格が良い人か?あるいは、結婚する条件として好適という意味か?」などと真面目に考えるのがあほらしいのと同じように、日本酒のベストを考えるのも徒労であろう。だいたい、そんなのその人の詳細な味覚がわからないと判断しようがないだろうし、そもそも他人の味覚などわかるのか。

  とはいえ、これだけ多種多様な日本酒があるのに、一般的には二つの指標、「重さと香り」や「濃淡と甘辛」の組み合わせで、淡麗辛口とか濃潤甘口などと味の表現をしているようだ。ただ、私自身、いくらそのような説明がされていても、飲んでみるまでは、その味については全く想定できない。正直、人を血液型で四分類にしているような無理やりな感じを受けるのも事実だ。では、では、それぞれどう違うのか、なかなか言葉にできない。言葉にできなので、音楽に託すことにする。

 

 ということで、いくつかの日本酒に音楽を添える。そんな事をしても、誰にも理解を得られないだろうし、日本酒の味について何も伝えられない自己満足の所作なのは重々承知であるが、何かの(何の?)日本酒についてのきっかけになれば幸い(誰に対して幸いなのだろうか?)と思ってあえて書く。なお、諸般の事情により、紹介する日本酒は、東北・新潟のものが多くなる事を予めご了承願いたい。また、あてる音楽も日本酒の特性上、ピアノ曲が多くなる。

 

小原酒造 純米大吟醸 蔵粋 管弦楽

純米大吟醸 管弦楽 蔵粋 角200ml

純米大吟醸 管弦楽 蔵粋 角200ml

 

  音楽と言えば、この喜多方の蔵であろう。なんせ、もろみの時にモーツアルトを聴かせているそうだ。モーツアルトを聴かせると、発酵の勢いが変わってくると言う。なぜモーツアルトなのか?シュターミッツあるいはJ.C.バッハでは駄目なのか?そもそも微生物に聴覚がないのにどのように音楽を認知しているのか?とまあ、いろいろ疑問点はあるのだが、酒自体は、モーツアルト臭(どんな臭いだ?)もなく、普通に美味しい。どのような感じかと言うと、モーツアルトというよりも、シューベルトの即興曲Op142-2に近い雰囲気だ。

シューベルト:即興曲(全曲)

シューベルト:即興曲(全曲)

 

 

次行こう。

金紋秋田酒造 熟成古酒山吹六年

金紋秋田酒造 熟成古酒 山吹6年 720ml瓶

金紋秋田酒造 熟成古酒 山吹6年 720ml瓶

 

  さすがの私も、この酒の味が他とは全く違うのはわかる。というか古酒だから当たり前と言えば当たり前である。先入観が入るので、色とかはまずは無視しよう。純粋に味だけで判断しても、もう強烈な味である。どう強烈かと言えば、スクリャービンのピアノソナタ第5番のような感じである。なんせ味が複雑であって、これを日本酒と呼んでいいのかさえ迷う。

スクリャービン:ピアノ・ソナタ集 1(グレムザー)

スクリャービン:ピアノ・ソナタ集 1(グレムザー)

 

 

 さて、次は新潟県から。

白瀧酒造 上膳如水 純米吟醸

白瀧酒造 上善如水 純米吟醸 瓶 1800ml

白瀧酒造 上善如水 純米吟醸 瓶 1800ml

 

 

  新潟の酒は淡麗辛口が多いとは言われるが、私自身は「そうかなあ」と思う事の方が多かった。あれだけ酒蔵があるのだから、そんな単純に割り切れるとは思えない。「秋田には美人が多い」というのと大して変わらない言説のように思う。つまりは、多かれ少なかれ主観(思い込み)が入るのである。そういうものだと思って飲むと、そう感じる。が、さすがに先入観抜きにして、この純米吟醸酒は「淡麗辛口」の意味がうっすらとわかるような気もする。こういった酒には、シベリウスのソナチネ1番しかなかろう。

 

ソナチネ第1番嬰へ短調作品67-1 第1楽章 アレグロ

ソナチネ第1番嬰へ短調作品67-1 第1楽章 アレグロ

 

 

 同じく新潟県から

越の華酒造 純米原酒 カワセミの旅

越の華酒造 純米原酒 カワセミの旅 瓶 箱入り 720ml

越の華酒造 純米原酒 カワセミの旅 瓶 箱入り 720ml

 

  チョコレートに合う日本酒として売り出しているもの。確かに合うような気もする。淡麗辛口とは相当に違う事は、さすがにわかる。これもまた、インパクトのある味ではあり、単純に甘いというよりも、なんだろう、それだけではない何かある気がするので、まあ音楽なら、ラフマニノフの前奏曲Op32-5のような感じである。

ラフマニノフ:前奏曲集

ラフマニノフ:前奏曲集

 

 

再び秋田に戻る。湯沢の蔵だ。

木村酒造 福小町 純米吟醸

純米吟醸 福小町 720mL

純米吟醸 福小町 720mL

 

  個人的にかなり好きな酒である。なにがどう好きなのかと言われると非常に困るのだが、なんとなく相性がいいというか、すっと身体に入ると言うか、飽きないというか、長くつきあえる友人のような趣がある。音楽で言えばラベルのピアノ協奏曲の2楽章な感じである。

ラヴェル:ピアノ協奏曲集

ラヴェル:ピアノ協奏曲集

 

 

 最後は福島の郡山の蔵。

仁井田本家 金宝 自然酒純米原酒

仁井田本家 金宝 自然酒純米原酒720ml
 

  この日本酒なら飲めると言う人がいる一方、これはちょっとと言う人も多い銘柄である。一言で表すなら「味が濃い」のだろうが、そう言う単純な話でもないような気がする。通常、あまり日本酒に燗を付けたりしないのだが、この酒だけは、ちょっと温めた方が良いように感じる。単に私の思い込みかもしれない。しかし、ちょっと暖かな温度で飲むこの酒は、何か仄かににぎやかな味がするのである。とか書くと通ぶった感じになるが、ともあれ、特徴的な酒である事は間違いなく、頭の中ではバルトークのソナチネが鳴っている。

Bartók: Complete Solo Piano Works

Bartók: Complete Solo Piano Works

 

  

 と書いたところで、やはり、ほとんどの人は全く日本酒の内容が想像もつかなかったであろう。まあ、講釈を聞くより先に、何はともあれまず日本酒は飲んでみないと分からない。そして、飲んでみて、自分なりのしっくりくる音楽を見つけるのも酒の肴になるのではないか。ともあれ、日本列島には数限りない酒蔵があり、それぞれに違った個性の日本酒が今日も醸されているのである。