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ZoaZoa日記

気の向くままに書き散らしてゆきます。皆さまの考えるヒントになればと思います。

健康食品は嗜好品の一種である 後編

 健康食品が本当に必要かについて書く前に、必須栄養素について次の事を考えて見よう。それは、生命活動を維持するために必須の栄養素だけを摂取できれば人間は生きてゆけるのかという問題だ。タンパク質(実質アミノ酸と言ってもいい)、脂質、ビタミン、無機物(ミネラル)、場合によって糖質。これらだけを、食品からではなく、純粋な物質として摂取し続けた場合、何か身体的な不調は出てくるだろうか?食べる楽しみがなくて味気ないという精神的な部分はとりあえず置いておく。私自身もさすがにそんな事をした事はないから、断言はできないが、とりあえずは死にはしないはずである。もし、それで死んでしまうなら、栄養点滴をやっている医者の立場がなくなるし、栄養学が根本的に間違っていると言う事になる。しかし、そのような必要最小限の栄養補給のみで、全く普通の健康状態を維持できるかどうかと言えば、それは個人差が非常に大きいように思われる。

 

 

  人間の体は試験管ではない。人間の体内というのは、化学実験のように、ある物質を投入すれば、間違いなく一定の物質が生成すると言う単純なものではない。もちろん必須の栄養素がなければ生命活動を維持するのは難しいが、その栄養素がどのように消化吸収され、どのように利用されるかは、その人の身体の状況に応じて柔軟に変わってゆく。ある程度の道筋ははっきりしているものの、実際の所どうなっているかは、人によってまちまちなのである。例えば、数日間何も食べていない人と一日に四食も食べている人とでは、同じ栄養を摂取したとしても、その後の成り行きは全く違ってくるだろう。そもそも各々の遺伝的な違いというものもある。つまり、人間の体は、不確定要因だらけの存在と考えて良い。

 

 必須の栄養素だけを食べたらどうなるかを考えて見たが、普通に生活していればそんな極端な事はしない。日常で私たちが食べている物は、原則「生物まるごと」又は「生物の一部分」である。例えば、牛肉を食べたとする。牛肉は、タンパク質・脂質を効率的に摂取するためには優れた食材である。しかし、牛肉は、タンパク質・脂質「だけ」で構成されている訳ではない。牛肉を食べた時、私たちは必須栄養素以外の様々な物質を同時に摂取している。その様々な物質が何種類に及ぶかはまだ誰にもわからない。まだ発見されていない物質もあるかもしれない。

 

 また、人間は牛や山羊ではないのに野菜を食べている。栄養士によれば、それはビタミンを摂取するためだと言う。しかし、野菜の多くは、ビタミンの含有量よりも、その他の物質の方が圧倒的に多い。植物は、一般的に動物に比べて、二次代謝によって極めて多様な化合物を産生する。しかも、それは植物の種類によってかなり違っている。つまり、いろいろな野菜を食べると言う事は、必須栄養素以外の物凄い種類の化合物を摂取するという事でもある。その中で、ある程度、身体への効果が期待できている植物由来の化合物はまとめてファイトケミカルと呼ばれている。健康食品は、このファイトケミカル由来のものが非常に多い。しかし、そういったファイトケミカルは植物が合成する化合物のほんの一部である。植物が作る様々な化合物が人間の体内でどのようにふるまい、どのような作用を起こすのかは、わかってない事の方が多い。というか、個人的な印象をあえて言うなら、「何もわかってない」。つまりは、私たちが何気なく食べているものも、不確定要因だらけの存在と言える。

 

植物の体の中では何が起こっているのか (BERET SCIENCE)

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  身体の不確定要因と食物の不確定要因が合わさって、ある人の身体状況が生じる訳だから、データの蓄積のある必須栄養素でさえも、「~を食べて、~になる」というのは単純に結論付けられるものではない。人によって、食べ方によって、もしくは食べた状況によって、摂取した栄養素の作用は変わってくる。ましてや、必須栄養素でもない健康食品について「~さえ食べれば、健康になる」というのは、どう考えても乱暴な結論である。

 

 となると「健康食品というのは、すべてインチキであり、効果なんて期待できない」のか?もちろんそんな事はない。健康食品には「その食品の摂取と効果の因果関係が明確なもの」「その食品の摂取と効果が統計的に明らかなもの」「その食品の摂取と効果になんら根拠のないもの」の三種類あるのだ。

 

 健康食品のうち最初の「食品の摂取とその効果との因果関係が明確にあり、そのメカニズムもわかっている」という例は極めて少ない。というか、前述したが、そういうものは、健康食品というよりも限りなく「薬」に近い。実際、「生薬」と呼ばれるものは、作用の強さの程度によるが、ほとんどここに含まれる。例えば、コーヒーを飲んだら眠れなくなった、といった場合、その原因はカフェインである事がほぼ確実である。実際に、純粋なカフェインを服用しても、同じ効果が期待できるし、なぜ眠れなくなるのかの作用のメカニズムもある程度わかっている。あるいは、トウガラシを食べたら、身体がホカホカしてくるのは気のせいでなくて、トウガラシに含まれるカプサイシンが温度を感じる受容体に作用するためである。あれだけ身体が火照って、汗も出ているのに、実は体温は上昇していない。カフェインもカプサイシンもその確かな薬理作用によって実際に医薬品としても使用されている。

 

コーヒー「こつ」の科学―コーヒーを正しく知るために

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とうがらしマニアックス

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  しかし多くの健康食品は二番目の「その健康食品を一定数以上の人々に摂取させたら、統計的に見て、摂取していない人に比べて効果が認められた」と言う様な疫学的調査を根拠にしたものである。なんでそのような効果があるのかはわからない事がほとんどである。よって、統計的に効果があったとしても、あなた自身に効果があるかどうかは全くわからない。もしかしたら効果が期待できるかもしれない。そこは不確定要因の二乗だからいたしかたない。効果があればラッキーというものである。

 

宇宙怪人しまりす医療統計を学ぶ (岩波科学ライブラリー (114))

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  そして最後の「統計上も全く有意差がないのに、何か効果があるような事を謳って健康食品としているもの」。因果関係も統計的な有意差も認められないのだから、これは「鰯の頭も信心から」つまりは「思い込み」以外の効果は期待できない。とはいえ、人間の身体の不確定要因は、その「思い込み」もまた無視できない。強い思い込みが身体の状態を変えてゆく事は普通にありうる事である。脳がいかに身体と深くリンクしているか、脳がどれだけ身体感覚の錯覚を起こすかは、ラマチャンドランの「脳の中の幽霊」を読むとよくわかる。

 

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

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  最後のケースについては「明らかに根拠のないものを健康食品として売るのは問題では」と言う人もいるが、まあそういうのは薬事法68条に違反してなければ、あるいは明らかな健康被害等が生じない限りは、何をどのように売ってもいいと私は思う。逆にいえば、「明晰で厳密な根拠があり、効果もはっきりと確認されている」方が問題は大きい。それはもう事実上、限りなく「薬」なのだから、摂取する量や、禁忌とする条件などをちゃんと設定しないと過剰に摂取した場合、副作用が起こる危険性がある。あるいは、それほどの激しい効果がなくても、信心極まって健康食品に依存しすぎて、通常の食事がおろそかになってしまっては本末転倒である。いくら自動車のエンジンに高級なオイル添加剤を入れても、オイルそのものを入れなければエンジンはうまく機能しないのである。そういった健康食品に依存するような状況をフードファディズムといい、髙橋久仁子の「食べもの神話の落とし穴」に詳しい。

 

「食べもの神話」の落とし穴―巷にはびこるフードファディズム (ブルーバックス)

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 ともあれ、ほとんどの健康食品はあってもなくても特に通常の生活に問題のないものであろう。繰り返しになるが、もし問題が生じるなら、それは「必須栄養素」もしくは「薬」であって健康食品と言うには無理がある。食生活の中でのオプションとして健康食品を考えればちょうどいいと思う。すなわち、健康食品は嗜好品の一種である