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ZoaZoa日記

気の向くままに書き散らしてゆきます。皆さまの考えるヒントになればと思います。

電話・夏休み・子ども・相談・科学

 とりたてて難解な用語がある訳でもないのに、正式名称をなかなか覚えられないものがある。私の中では、「夏休み子ども科学電話相談」がその筆頭にあがる。NHK第一ラジオ放送において、夏休み限定で毎年放送されている生放送番組の名前である。これを書く時も、改めて番組表で正式名称を確認してしまった。「子ども夏休み科学電話相談」でもなければ「夏休み子ども電話科学相談」でもなく「夏休み電話子ども科学相談」でもない。書いていて、段々とわからなくなってきた。「夏休み子ども科学電話相談」である。なぜ覚えられないのかと言えば、それぞれの単語が何かを修飾している訳でもなく、番組の内容を表すキーワード「夏休み」「子ども」「科学」「電話」「相談」をただ並べただけだからであろう。つまり、並べた方を変えても、番組の内容は伝わるので、どういう順番で言っても誤解を与える番組名にはならない。たぶん、普通の会話の中ではどういっても互いに通じるであろう。しかし、正式な番組名は「夏休み子ども科学電話相談」である。

 

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 どのような番組かは、説明を必要としないだろう。放送を聞いた事がない人であっても、なんとなく想像はつくと思う。全国の子ども達(言葉を喋れる幼児から 中学3年まで)からNHKにかかってくる科学に関する相談の電話に各分野の専門家がその場でリアルタイムに答えてゆく、という恐るべき番組である。放送開 始は1984年。これだけ情報検索手段が発達した現代においても、こういう番組が必要なのかと思う人もいるかもしれない。実際、同じような形式番組であっ たTBSラジオ放送の「全国こども電話相談室」は2008年に終了、後継番組であった「全国こども電話相談室・リアル!」も2015年3月に放送終了して いる。50年の長きにわたり放送され、ある年代以上なら、無着成恭永六輔荻昌弘の名解答を記憶している人もいるだろう。これだけの長寿番組がなくなる というのも、やはり現代的な事情があるのだろう。

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しかし、個人的には、なんでも簡単に調べられる今だからこそ、この「夏休み子ども科学電話相談」の存在意義はますます高まっていると思う。私が今後も続いてほしいと熱望する放送番組である。この番組の何がいいのか。その存在意義、あるいは面白さは、ほとんど番組名に内包されていると言ってもいい。

 

 まず「子ども」である。子どもというのは、社会的にはまだ存在様式が未確定であるから、明確な「立場」というものがない。だから、嘘でも本当の事でも、とにかく言いたいように言う。中には「子どもの立場」というのを客観視して、「大人受け」を考えて注意深く発言する場合もない訳ではないが、それとて「子どもの視点で見た」立場であるから、微笑ましいものである。ともあれ、子どもの多くは好きなように喋る。子どもは何を言ってくるかわからない。あるいは、何も喋らないかもしれない。つまり、不確定要因が多い。公共放送においては「不確定要因」はなるべく排除したい。生放送であれば、編集ができない分、なおさらである。

よい子への道

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夏休み子ども科学電話相談」では、しばしば、電話がつながっても、なかなか喋り始めない子どもがいる。生放送である。無音である。聞いているこちらも緊張してくる。喋り始めても何を言っているのか分からない場合もある。発音自体が不明瞭、ラジオが電話の近くにあってハウリングを起こす、携帯電話からの通話で音質が悪すぎる、うまく言語化できずに意味のある内容を喋れない、など様々なケースがある。また、子どもが喋っているうちに、徐々に話が脱線してしまい、子ども自身も自分で何を言っているのかわからなくなる事も多々ある。子どもに優しくフォローしつつ、それらのトラブルを「質問内容を提示させ、先生方に答えてもらう」ところまでにとにかく修復させる臨機応変な司会のアナウンサーの手腕は毎度毎度、感心すると同時に、極めてスリリングである。

 質問内容も全く解答者の意表を突く事が多い。子どもであるから、感じたまま、思ったままを質問するのである。これは解答者にとっては、大いに楽しみな部分であると同時に、戦々恐々の不確定要因でもあろう。研究者というのは、ある体系の中で、自分の立ち位置というものを自覚しながら日々、研究活動をしている。そして、自分の専門に限ってみても、次々に立ち現われる些細な疑問・現象についてすべてを研究の対象にする訳ではない。そんな事をやっていたら、時間がいくらあっても足りないのである。数限りない現象の中から、より本質的な事項を抽出して、研究を続けるのが常である。そういう生活を続ければ、「研究としてはどうでもよい」と判断される事柄は、無意識のうちにフィルタリングされて、存在しない事になってしまいがちである。しかし、子どもはそんな事はお構いなしなので、日常でひっかかった事を「生」のまま提示してくるのである。解答者としては、そういった質問は目から鱗で興味深いに違いないのだが、それをその場で「子ども」にわかりやすく「音声のみ」で説明しなければならない緊張感は半端ではないと想像する。

 そう、音声情報しかないのである。子どもとのつながりは「電話」の音声のみ。今時、何か複雑な事を説明するのに、これだけわかりにくい伝達手段があるだろうか。図もグラフも使えない。迫力ある映像もわかりやすいCGもいっさい使えない。文字すらも見せられない。ついでに言えば、解答してくれる先生の表情や身振りも見えない。そんな状況でどうやって、遺伝子について、音の伝わり方について、説明できようか。解答する先生がぼそっと「図があれば一発で説明できるんだけどね」とつぶやく事があるが、そのもどかしい気持ちはよくわかる。どだい音声のみで説明するなど無理な話なのである。しかし、無理を承知で、先生方は最善の説明をその場で脂汗をかきながら考え抜き、子どもへ真摯に、ある時は過剰ともいえる言説によって伝えるのである。言うまでもなく、子ども相手だから、専門用語は使えない。それどころか、場合によっては日常語彙さえままならない未就学児への説明をしなくてはならない場合もあるのである。繰り返しになるが、その場で、である。子どもたちも、生の電話に極度に緊張しつつ、聞いた事もない言葉や概念も想像力で補いつつ(中には、残念ながら途中で力尽き果てて、生気のない返事に終始する子どももいる)、解答者から発せられる言葉の一言一句を聞き逃すまいと必死でついてくる。このやりとりは、ある意味、子どもの知的衝動と研究者の矜持とをかけた真剣勝負に他ならない。

 

 当然の事ながら、「相談」と言いつつも、先生が必死の想いでひねり出した解答を、子どもたちが正しく理解・納得できたかと言えば、そこは微妙であろう。「わかりましたか?いいですか?」と司会に尋ねられて「はーい」と答えている子ども達のたぶん5割くらいは「すっきりしない、消化不良のまま」電話の受話器を置いていると想像する。あるいは、司会者や解答者の勢いにのまれて、自分が本当に尋ねたかった質問は違っていたと思っているかもしれない。人生相談だったら、解答者からの説明が消化不良であったら、金返せという事になるだろう。しかし、個人的には「夏休み子ども科学電話相談」では、子どもたちがある程度「消化不良」であっていいと思う。

 そもそも、すっきりしないのが「科学」である。すべてが「すっきり説明できる」なら、科学は必要ない。よく「サ ルでも わかる~」とか「マンガでわかる~」とかいう解説書があるが、だいたい「イメージ図でわかったような気になる」だけのものが多く、この「夏休み子ども科学 電話相談」のような言葉を尽くした真剣勝負ではない。この「わかったような気になる」というのが曲者で、科学においてそれを続けると、だいたい碌でもない 似非科学にひっかかる事になる。説明を聞いても「消化不良」というのが、実は科学の本質であって、子どもにとっては特に「先生は一生懸命説明してくれたけ ど、なんだか簡単には答えが出せない難しい事がありそう」と思える事が大切である。学校教育の中では、理科でさえ「答えは必ずあるもの」として扱われる。 まあ、そうでもしておかないと点数がつけられないし、最低限の概念や用語を理解できなければ、スムーズに情報交換ができないから、やむを得ない所である。 しかし、それが「科学」であると思われると困る。

 

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 最後に「夏休み」である。なぜ、夏休み限定の番組なのかは、言うまでもなく、夏休みの宿題の定番、「自由研究」に悩む子どもたちを助けるというコンセプトがあるからだろう。科学に夏休みもなにもないのであるが、やはり現実問題として「自由研究」という子どもたちにとっての重荷をどうにか楽しいものにしたいという意図は多少あるに違いない。実際、この番組を通年やったとしたら、今の時代、民放の「全国こども電話相談室」と同じ末路になるような気もする。しかし、相談する子どもの声を聞いている限り、その内容は多岐にわたり、「夏休みの自由研究」のテーマについての相談は想像以上に少ない。もしかすると通年放送しても一定の子どもたちの需要はあるのかもしれない。

  いろいろな人にこの番組の素晴らしさを伝えようと思っても、夏休みが終わってしまったら放送されてない。番組の放送内容は、ほぼ毎年、書籍としてまとめられている。が、質問内容が整理整頓されて文字になってしまうと、比較的わかりやすい児童向けの科学啓発書と言う感じとなり、あの放送時の熱狂はなかなか伝わらないのである。

NHK子ども科学電話相談スペシャル どうして?なるほど!  地球・宇宙のなぞ99

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また番組のサイトには、解答した研究者の肉声による質問解答の音声ファイルがあるが、これは後から録音し直したもので、先生方も落ち着いた口調で語っており、すでに放送大学風な雰囲気になっている。やはり、生で聞かないと「夏休み子ども科学電話相談」の凄さは分からない。ほとんどひと夏の幻のような番組である。そして、今年の夏も終わってしまった。