ZoaZoa日記

気の向くままに書き散らしてゆきます。皆さまの考えるヒントになればと思います。

言っている事がわからない原因について

 相手が何を言っているのかさっぱり分からない。自分の知らない言語であれば当然そうなるが、母国語でも全くわからないとなると、いくつか原因が考えられる。

 まず音声言語に関する脳の部位に傷害があれば、音声を耳がとらえていても「言葉として」が認知されない事が考えられる。何か声が聴こえることはわかるが、意味がとれない。単語の意味はとれるが、言っている内容の全体がわからない。まあ、本当にそこまでの傷害が生じて明晰な意識があるのかわからないが、想定としてはありうるだろう。あるいは、精神的なストレスによって難聴になる場合(機能性難聴)もあるが、これも感覚器としての聴覚の機能が失われている訳ではなく、脳内の処理の問題のように思われる。

 

言葉と脳と心 失語症とは何か (講談社現代新書)

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 次に考えられるのが、特定の人たちの間でしか使われていない単語のみで話をしている場合だ。同じ日本語であっても、そこで自分の知らない単語が一定以上含まれていると相手が何を言っているのかわからない状態になる。例えば、それなりに年配の津軽弁の人と鹿児島弁の人とが会話をしようと思っても、ほとんど意思疎通がはかれないであろう。まず、単語に共通項が薄いし、高低アクセントも違う。しかし、同じ日本語の構造を持っているし、母音子音の発音システム自体は共通項があるので、なんかわかりそうな気もするのだ。でも、何を言っているかわからない。冷静に考えて見れば、津軽弁と鹿児島弁、デンマーク語とアイスランド語くらいに違うような気もする。デンマーク語もアイスランド語も同じ北欧語として文法構造はほぼ同じである。ともあれ、津軽弁と鹿児島弁は、その語彙の相違からして、少なくとも、日本語を母語としない人にとっては全く違う言語の様に聴こえる事は間違いないであろう

かごしま弁入門講座―基礎から応用まで

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うっちゃんの今すぐ話せる津軽弁

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北欧世界のことばと文化 (世界のことばと文化シリーズ)

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 方言ではないが、女子高生の間でときおり交わされる「仲間内だけの会話用」に「ばび語」が用いられることがある。これは、通常の言葉の母音の後に「ば行」の音を挿入して、元の単語の「音声言語的な構造」を破壊する試みである。「うなぎ」だったら、「うぶなばぎび」、「ありがとう」なら「あばりびがばとぼうぶ」といった具合である。文字に起こすと勘のいい人なら、どういう規則かはわかってくるだろうが、音声で聴いているだけだと本当に宇宙人の言葉かと思われるくらいに全く意味が取れない。しかも、それまで普通に日本語を喋っていた女子高生たちが、いきなりこのような意味不明な言葉を発するようになるのは衝撃的である。やたらに長くなるから無駄ではないかという気もするが、話し言葉はこれくらいの冗長化は問題にならないらしい。むしろ、互いの結束を高める方が女子高生には重要であろう。この「ばび語」は、ずいぶん昔の山岸涼子の「妖精王」と言う作品にも登場する(山岸涼子の創案ということでもないらしい)。他にも第一音節のみに「のさ」を入れる「のさ言葉」というものもあり、それなりに歴史は古いらしいが、普遍的に誰もが知っているとは言い難い。基本、一時期の「言葉遊び」で通過する類のものであろう。これらは音声ノイズの入った日本語にすぎず、文字言語としては解読することは容易である。しかし、音声言語となった途端に全くわからなくなる。しくみがわかった後でも、聞くだけではなかなか意味が取れない。つまり、「ばび語」は、言葉を耳でとらえる時に、いかに音節のまとまりの聴こえ方で意味を認識しているかを痛感できる事例である。

 

妖精王 1 (山岸凉子スペシャルセレクション 11)

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 他に「周波数(Hz)」および「音量(dB)」が要因となって、言っている事が聞きとれなくなると言うのもありうる。いわゆる難聴というものである。といっても、音という音が全く聴こえなくなるということは滅多になく、ある周波数が聞き取りにくくなると言うことである。人間の可聴周波数の範囲はだいたい20Hz~20000Hz程度である。同じ音量ならば、一般的に加齢とともに、可聴周波数の範囲は狭くなってゆく。個人差はあるだろうが、若い人ほど高い周波数の音が聴こえる事になっている。50才を超えたら、まず16000Hz以上など聴こえない。よって、年寄りには聴こえないモスキート音と呼ばれる17000Hz程度の音を出す機器で若者だけを不快にさせる(または様々な動物を撃退する)試みがなされているようだが、少なくとも、私にはよく聴こえないので、その音が不快かどうかはわからず、本当に効果があるのかはよくわからない。余談だが、夏の寝室で耳元に聴こえる本物の蚊の羽音はせいぜい600Hz程度であって、よほどの難聴でない限り、年齢に関係なく聴こえる。歳を取ったからと言って聴こえなくなる事はない(現に、余裕で私も聴こえていて、腹立たしいことこのうえなし)。よって、モスキート音というのは、あの不快な音を象徴した名称なのだろうと思う。ただ、確かに蚊の羽音は昆虫の中では高い音だと思う。

 

モスキート/MOSQUITO -大人には聞こえない音-

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ユタカメイク GDX‐M ガーデンバリア (ミニ)

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 言っている事がわからない話に戻す。人の音声言語には母音と子音がある。母音は、主に声帯を振動させて発生するので、比較的低い周波数成分の多い音になる。もちろん性別や年齢によって、その高さは変わるが、声帯の振動がメインであることには変わらない。ところが、子音の多くは唇や舌、歯ぐきなどの破裂音・摩擦音によって生じるために、高い周波数成分を含む事が多くなる。となると、加齢によって、子音の明瞭な聞き取りが徐々に難しくなって、老人性難聴、いわゆる「耳が遠い」と人から言われる状況になってゆく。それは音として聴こえてはいるが、子音が部分的に欠落した、穴埋め問題のような言葉になっている状況なのだ。しかし、老人性難聴の人に話しかけた若者は、相手に意味が通じてないと分かると「何も聴こえてないのでは」と思ってしまう。そこで、大声でゆっくり話す事になる。しかし、わからないのは子音なのである。母音の部分を大声で喋っても、うるさいだけだろう(あくまで想像)。子音のみ明瞭に大きくゆっくり発声してほしいのだ。

 

「魅せる声」のつくり方 (ブルーバックス)

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声のなんでも小事典―発声のメカニズムから声の健康まで (ブルーバックス)

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 このように相手が何を言っているのかわからない状況は、「音声が聴こえていても」起こりうることである。ただし、自分自身の言語理解力の不足についてはこの限りではない。すなわち相手の言っている事が明確に言語としてトレースできても、それがその場においてどのような意味を持ち、どんな文脈の中で語られているのか分からなければ、こちら側から正しい返答はできない。そのような判断は日々、他者とのコミュニケーションを通じて鍛えるほかない。