すべての動物は虫である
動物、と聞いて何を連想するか。動物に関しての選択基準がどうやらこの世には二つの流派があると気付いたのは、それなりに大人になってからである。その二派とは「哺乳類・鳥類=動物」派と「動く生物=動物」派である。「動物と言えば、猫、犬、ウサギ、鳥の類」と言うイメージしかわかない人がことの他多いのである。本や学校などで学習した事が一応、知識として頭に入っていたとしても、厳密な定義上の話をしている訳ではないので、日常のイメージで想定される動物は、そういう人々の頭の中では「哺乳類・鳥類」なのである。「哺乳類・鳥類=動物」派の拡張されたバージョンとして「脊椎動物=動物」という人もいるが、そういう人はいろいろ事情があってそういう結果になっているので、滅多にいない。幼年時代より「動く生物=動物」派の私にとって、「哺乳類・鳥類=動物」派が実は社会では多数派であると分かった時の衝撃は忘れる事ができない。
しかし、「哺乳類・鳥類=動物」派の視点でこの世を見てみると、確かに「哺乳類・鳥類=動物」という事でも抵抗がないようになっているのだ(まあ、これは順番が逆だろうが)。例えば、「動物園」。動物園といえば、確かにメインは哺乳類・鳥類なのである。もちろん、爬虫類や両生類も展示している動物園はあるが、哺乳類が全くいなくて爬虫類しかいない施設を「動物園」とはまず言わないであろう。なによりも子供用の図鑑において「動物図鑑」というのは、哺乳類がメインなのである。載っていても爬虫類・両生類までで、鳥類・魚類・昆虫の類はそれぞれ別個の図鑑になる。そんな別個にするなら「哺乳類図鑑」とすべきだろう。そうならないのは、暗黙の了解として、「動物=哺乳類・鳥類」という社会的な通念があるからに違いない。余談になるが、最近の学習図鑑は各社とも本当によくできている。子供だましなところは全くなく、学術的にも最新の成果を反映させて、より専門的な学びにも誘導させてくれるような配慮が随所にみられる。大人が読んでも充分に勉強になる。
私個人の印象にすぎないのではあるが、「哺乳類・鳥類=動物」派は小さいころからあまり自然と直接コンタクトしてこなかった人が多いように思う。基本、毛の生えている恒温動物しか日常で認知していない。というか、それ以外は「認知したくない」ように見えることもある。そういう人は、動物と言えば、まっさきに思い浮かべるのが、哺乳類・鳥類のペット(主に猫か犬、インコ)だろう。さらにつっこめば、彼らの頭の中では、知識としてはあるにせよ、牛や豚さえも、感覚的には「動物」じゃなくて「肉」という分類になっているような気もする。
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一方、「動く生物=動物」派は、幼いころより自然の中で活動し、様々な動く生物を採集してきた人が多いと思う。採集の対象は、主に昆虫、爬虫類、両生類、魚類である。海辺であればもっと種類は増えるであろう。しかし、子供たちにとって、哺乳類や鳥類が採集の対象になる事は、それほど多くはない。というのも、その辺の野山には子供にそうやすやすと捕まる哺乳類や鳥類はいないし、そもそも一部の鳥類を除き個体数自体が少ない。それに、今となっては法的に鳥獣を勝手に捕獲することは許されないだろう。
食品成分表によれば、「肉類」と言えば、食品の分類上は毛の生えた動物である鳥類・哺乳類の筋肉・臓器がほとんどである。分類上は、ぎりぎり、爬虫類・両生類(他に昆虫である「いなご」も入っている)の筋肉も含まれるが、まあマイナーであろう。そして、同じ筋肉であっても、魚介類は「肉類」とは呼ばれない。クジラが魚介類ではなく、「肉類」に分類される所を見ると、単純に流通上の分類ではなさそうである。
さて、学問上、動物とは何かと言えば、「後ろについている鞭毛で前進する細胞を持ち、かつ多細胞な生物」ということになる。何を言っているのかわからないかもしれない。「後ろに鞭毛があって前進する細胞」とは、つまりは「精子」のような細胞のことである。オタマジャクシのような形態をイメージしてもらえばいい。なおかつ、複数の細胞が組み合わさって体ができている。現在では、動く事は、動物であることの証明にはならない。だから、単細胞であるゾウリムシやアメーバは動物ではない。
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そういう定義での最も原始的な動物は、海綿動物である。海産の動物で、動きもしないので、一見すると得体のしれない苔のように見える生物である。といっても、日常で生きている姿を見る事はほとんどないだろう。ただ、その海綿の抜け殻がスポンジ用品として普通に売っている。そもそも海綿動物の英名が「sponge」である。細胞があった部分は腐敗して抜けてしまって、空洞になっている。その細胞を支えていた部分がスポンジとして機能する。さて、その海綿動物を作っている細胞の中に、襟細胞(えりさいうぼう)というものがある。鞭毛が生えている周囲にまるでフリルのような襟の構造がついている細胞である。海綿動物自体は、動かないが、この襟細胞そのものは盛んに鞭毛を動かして、水流を作り、海中の成分を濾して、吸収している。
そういった、海綿動物の襟細胞に酷似しているのが、単細胞生物の一種である襟鞭毛虫である。海綿動物の細胞群をばらばらにしたら、もうそのまま襟鞭毛虫になるくらいに似ている。見かけだけでなく、遺伝子の類似性から見ても、相当に近いグループであることがわかっている。以前は、鞭毛がある単細胞生物ということで、鞭毛虫という大きな分類があり、その中の一つとして襟鞭毛虫があった。しかし、今では最新の研究によって、襟鞭毛虫は動物の直系の祖先として特別な位置を占めている。動物の祖先は「虫」であり、そこからあらゆる動物が進化してきた。つまりは、すべての動物は元は虫であるといっても、大きくは外していない。その辺の動物の進化の最新成果については、長谷川政美著「系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史」ベレ出版が圧倒的にわかりやすい。少々、値がはるが、その情報量からすると、コストパーフォマンス大変良い本であるので、「自分はどこから来たのか?自分の祖先は何?」という想いがあるのなら、是非ご覧になっていただきたい。
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ただ、「虫」というのも、人によってイメージするものが違うので、なかなか難しいところである。昔の中国においては、鳥獣類と魚類以外は、ヘビでもカエルでもすべて虫である。日本では、おそらく「虫」といえば、日常で食用としてない無脊椎動物全般をさすように思われる。人によっては「昆虫」に重きを置く場合も多いだろう。ただ、ここで言う「虫」とは、学術的には「zoa」と記されるものである。決して、「insect」や「worm」ではない。私は動物であるので、このブログ名のzoazoa日記はここからきている。